元社畜の入院が突然決まった

去る8月4日、僕の入院がきまった。

あれよあれよという間に入院の話が進み、僕は呆然としながら入院の書類にサインした。

きっかけとなったのは母親の自殺だった。

 

衝撃の知らせ

7月30日、僕は横浜でスパを楽しんでいた。

やたらと父親から着信があったのでかけ直したが、つながらず、再度かけ直してきたので出た。

 

父「お母さん死んじゃった」

僕「はっ?!」

父「首吊った」

僕「はっ?!!!」

 

父の声色は上ずっていて、それが到底嘘には思えないリアルさだった。

そのあと2,3言会話したが覚えていない。

その場で座り込み、理由を考えた。まず思ったのが「自分のせいだ」ということ。

 

母はもともと様子がおかしかったが、さっきのさっきまでLINEで会話していた、その時ひどいことを言った気がする。だから自分のせいだと思った。4月に退職し、放浪生活を送り続ける僕を母は心配していた。家族のトラブルも多かったのでちょうど距離を取りたいと思っていたところに母がしつこく心配している旨のメッセージを送ってきていたのでイライラしていた。(この家族トラブルは後々書く)

 

自分としても「またいつものヒステリックか・・・」と思いながら自分はなんとかやっているから心配しないようにメッセージを送っていた。でもあまりにしつこく心配されるのでキレて暴言を浴びせた。。

うっせーなぁ、とか思いながら温泉を楽しみ、風呂あがりにマッサージなどを受けていた。

 

いったん止んだと思った母からまたLINE攻撃。

 

はーぁ、と思いながら返していたがやたらと住所を気にする。

僕はその前の週まで妹と暮らしていたのだが喧嘩がキッカケで追い出されて家なき子で、友人宅を転々としていた。だから「住所は決まったら教えるとあれほど言ってる!!」とキレ返した。

 

そういった流れがあった中で、突然の訃報、しかも母親の。更にそれも首吊り。

 

僕はパニックになった。

 

そして逃げ出そうとした。「どうしようどうしよう俺のせいだ俺のせいだ」という思考が先行していた。

 

そして飲み明け暮れて、通院→いきなり入院宣

実はいろいろあって結局は母の元に行き、最期には看取ることもできた。一度心肺停止していたようだが、蘇生して救急治療センターで生きていた。何度か心肺停止を繰り返して死んでいった。

 

自殺ということもあり、田舎のネットワークを恐れた父はひっそりと葬儀?することにした。

いわゆる家族葬であったが、お坊さんが来てお経を読むでもなく、神父が来て祈りを捧げることもなく、スッと火葬。家族だけで骨を抱えて帰宅。それまでほとんど寝ていなかったので2時間ほど仮眠して、今いる街「横須賀」に帰ってきた。

 

そして飲み明け暮れた。とにかく飲んで飲んで忘れて飲んでそれも忘れて飲んで飲んで。

同居する友人たちにも心配されていたと思う。実は以前から酒飲みではあったので、アルコール依存の外来でカウンセリングを受けようと思っていたところだった。そこに衝撃的な事実が起きたので、自分もそのストレスから開放されてハッピーになりたくて強い酒を飲みだしていた。

 

そして前々から親に勧められていた病院に行くことを決意。以前から酒飲みとして心配されていた。そして、家を追い出されてから2週間、いっきに酒量が爆増。さすがに自分でもコントロールできない状態だった。

 

そういったことも辞めたいし、できるならストレスも感じず平穏に生きたい、という思いがあったので病院へ行った。

 

そして、症状や自分の現状を医師に洗いざらい話したところ

 

「まあ、今はご家族とは離れていたほうがいいと思いますし、現状を考えてみても『入院』が妥当と思います

 

え?って感じだった。自分のイメージだと普通に通院して、薬を飲んで徐々に酒を減らして、という治療を想像していた。

 

そうしてあれよあれよと入院時の説明が始まり、途中からどうでもよくなっていたのもあり最終的にサインした。

 

呆然としながら友人の待つ横須賀の家に帰った。自分でもおかしくて笑っていた。

 

手には氷結を持っていた。どこで買ったかももはや覚えていない。

もう完全にアルコール依存状態になっていたのだ。

ほとんど眠ることもできず、ただいたずらにアルコールを煽り続けている状態であった。

 

なんかもうどうでもいいや

 

というのがその時の心理状態だった。